30日になって慌てないよう、あれやこれやと提出文書や集計の準備を始めました。が……緩和ケア外来が院内他科から続き、これへの対応で科なりの時間経過しました。
結局準備は大してできず。30日の日勤と1日、2日の当直でがんばるしかありません。
病院を出たのは19時半過ぎ。夫と中野で待ち合わせ、徒歩20分ほどの東高円寺駅近くにある満来へと向かいました。ところが、到着してみると臨時休業。元来た道を帰り、結局家で簡単なごはんを作りました。
ゴールデンウィーク中は、この手の臨時休業があるから、注意が必要です。

今日の朝、私たち夫婦は珍しく、テレビの前から動けなくなっていました。4月22日に出た、光市の母子殺害事件の最高裁差し戻し審の死刑判決を受けてのドキュメンタリーです。1999年4月14日、妻と子を18歳の少年に殺された本村洋さんの、事件から現在に至るまでの9年間を追っていました。
民放の番組としては珍しく、途中余計な演出もありません。インタビューの映像を経時的に並べる、淡々とした作りだった分、彼自身の苦悩と思考の深まりが感じられ、胸を打たれました。24歳から33歳になる今まで、彼は一体どれだけの涙を流したことでしょう。その絶望感たるや、察してあまりあります。というより、想像を絶します。夫と2人、最後は泣きながら見てしまいました。
家族の写真を前にして、彼が語った言葉の中に、こんな言葉がありました。
「悔やまれるのは、3人で撮った写真が少ないことですね。三脚かっとけばよかったなあ、なんて思うんですよ」
「むだなことのたとえに、死んだ子供の年を数えると言いますが、やはり数えちゃうんですよね」
これって、本当にそうなんだろうな。ものすごく大変な目にあっても、人間は日常の中でその衝撃に折り合って行く力をもっているのでしょう。そして気持ちがきしむ瞬間って、ささやかな場面に表れてくる。それは、夫婦二人で撮りあい、子供と二人一組の写真しかないアルバムとか、入学時期の子供たちの群れとか……。そんな折りに、不在の感覚が強く蘇るのではないかな。
私自身、非常に強い衝撃を受けた事件だったので、それが起こった当初から印象も強く、裁判の節目で取り上げられるたび、報道には、注目して来ました。本村さんの、犯罪被害者としての闘いは、報復感情が強く感じられるものでした。それは当然のことで、私もまた、強姦殺人という卑劣な犯罪には、厳罰を求める者の一人です。
今回番組を見て感じたのは、その報復感情の変化です。それは、彼がインタビューで言ったいくつかの言葉から感じ取れました。
「妻と娘が自分にどうしてほしいと思っているのか、今はもうわからないんですよ」
「犯人が供述をひるがえしたことが一番悔しい。事実を話せば、死刑だって回避できたかもしれないのに」
死刑判決という事実があったからこその言葉ではあるでしょう。けれども単なるきれい事では言えない言葉だと感じました。
差し戻し審の判決後、本村さんは発言を控えているとも聞きます。今回の裁判が起こった犯罪そのものを離れ、死刑是非論に傾いていること。彼の沈黙には、そんな背景を感じています。
会見の最後に、死刑廃止の活動家を集めた大弁護団が、即時上告したことを記者から聞き、「あ、そうですか」と彼は苦笑します。それは毒のない、若々しい笑顔に見えました。その笑顔の意味は……なんだったんだろう。私には、その笑顔が、長い時間つらい思いと向き合い、思考し続けた人だけが到達できる、ある種の悟りに見えました。解脱といってもいいのかも知れません。
番組が終わって私が思ったのは、死刑と報復感情をセットにして、それの有無が被害者の立ち直りにとってどうか、みたいな議論は、全く無意味だということです。被害者が犯罪被害の痛手から立ち直るのは、究極的にはその人の力。社会的なサポートはもちろん必要でしょうが、立ち直りの結果は、被害者自身が苦しんで勝ち取ったものなのです。愛する人を殺した犯人が死刑になればそれで気持ちが満たされるものではありません。また、人間は生きるために、ゆるすことがあります。だから死刑はいらないとは言えないでしょう。
死刑を巡る議論に、被害者の人を巻き込むのは無慈悲で無意味なことです。本村さんは、妻と子のために裁判を闘い、自分とも闘ったのだと思います。一方、死刑は法治国家における一つの制度であり、人の感情とは違う文脈で成立しています。それをわきまえた議論が必要なのではないでしょうか。
あの日18歳の少年が鬼畜の罪さえ犯さなければ、この闘いはなかった。それを思うと、私個人は最高裁が一日も早く上告を棄却するよう願わずにはいられません。
そしてその大きな節目で、本村さんは、何を思うのでしょうか。あれだけ賢い人だから、きっと何か良いこともこの先待っているに違いない。そう祈ることしか、私にはできません。